大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)270号 判決

控訴人

野中武

右訴訟代理人

大崎孝止

被控訴人

入江和一

右訴訟代理人

田子璋

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地がもと間宮為蔵の所有であつたこと及び控訴人が本件土地上に本件家屋を所有して本件土地を占有していることについては当事者間に争いがない。(なお、控訴代理人は、当審口頭弁論期日に、同人が原審において本件土地の地番は被控訴人主張のとおりであることを認めたのは、真実に反し、錯誤に基づく自白であるから撤回する旨主張し、被控訴人は、右自白の撤回につき同意しない旨の陳述をしているが、〈訴訟記録〉を仔細に検討すれば、本件土地の地番が被控訴人主張の地番ではないということは控訴人が当初から主張し、その防禦方法の中枢をなすものであることが明らかで、この点につき前記のような自白があつたとみることはできない。)。

二〈証拠〉を総合すると次の事実を認定でき(る。)〈証拠判断省略〉

(一)  本件土地及び別紙目録一の(二)の土地を合せた五〇坪の土地は、その南側に接する土地及び北側に接する土地とともに間宮為蔵の所有であつたが、同人は、昭和三五年頃本件土地を含む右五〇坪とその北側に接する土地一三二坪を現地において区分し、小住宅用の敷地として分譲することとし、まず、松本喜久治に対し昭和三五年一〇月一四日本件土地及び別紙目録一の(二)の土地合計五〇坪を売り渡した。次いで控訴人は(当時未成年であつたので法定代理人親権者父野中三太郎及び同母美代子を代理人として)、同年一二月一日松本との間に右五〇坪の土地を代金一二五万円、内金二五万円は契約成立の時支払うべく、中間金五〇万円は同年一二月二四日限り支払うべく、残金五〇万円は右土地につき所有権移転登記手続をする時に支払うという約で買い受ける旨の契約を締結し、右内金及び中間金の支払を契約の趣旨どおり履行した。

(二)  ところで、右認定の売買契約は間宮と松本との間においても、松本と控訴人との間においても、現地につき別紙目録一の(一)、(二)の土地を指示して行われたのであつたが、間宮が右土地は登記簿上別紙目録三の(一)、(二)の土地に相当すると信じ、松本もこれを疑わず同年一〇月一四日右の二筆の土地についての売買により松本に所有権が移転した旨の登記手続をした。

(三)  そこで、控訴人が松本から本件土地を買い受けた際も別紙目録三の(一)、(二)の土地につき所有権移転登記手続をするつもりであつたが、その内(一)の土地の地目が畑であり、控訴人が農家でなかつた等のため手続が遅れているうちに、本件土地の北隣の土地を間宮から買つた稲葉武雄のため所有権移転登記をすべき土地が登記簿上見当らないという問題が起り、別紙目録三の(一)、(二)は本件土地ではなく、本件土地の北側の土地であるとの疑いが生じ、昭和三六年三月一〇日前記間宮、稲葉武雄、控訴人の母である野中美代子等が集り善後策を協議した結果、別紙目録三の(一)、(二)土地の登記簿上の名義を松本喜久治から間宮為蔵に戻し、周辺の土地と合筆した上で改めて現地における分譲の実状に応じて分筆し、各分譲地に正当な地番を表示したうえ各買受人への所有権移転登記手続をとることとした。しかし、それがためには別紙目録三の(一)、(二)についての松本喜久治のための登記済権利証を間宮が必要としたところ、控訴人は前記売買代金を完済していなかつたのでこれを所持せず、間宮が右権利証を手に入れるには控訴人が前記売買代金残金五〇万円を松本に支払つてこれと引換えに同人から交付を受けなければならなかつたが、控訴人は当時五〇万円の用意ができなかつたので間宮からこれを借り受けることとし、間宮と控訴人の法定代理人野中美代子との間に、控訴人は間宮から無利息で金五〇万円を借り受け、右金員は同年三月三一日限り返済すべく、若し、期限に返済しない時は右間宮において控訴人が買い受けた別紙目録一の(一)、(二)の土地を自由に処分し得る旨の契約を締結し、間宮はその頃野中美代子を伴つて松本の代理人であつた鎌田省一を訪れ同人に対し前記売買代金残金五〇万円を支払つて別紙目録三の(一)、(二)の土地についての権利証の手交を受けた。

(四)  間宮為蔵は測量士山田守三郎に依頼し、現地を測量し、公図その他の資料と照合して調査させたところ、本件土地は横浜市神奈川区三ツ沢二三番の二の一部であり、別紙目録一の(二)の土地は同番の四の土地であり、別紙目録三の(一)、(二)の土地は本件土地の北側の隣地の一部であることが確定的に明らかとなつたので当時、その旨控訴人の父母に知らせた。

(五)  一方控訴人は、買受直後、別紙目録一の(一)、(二)の土地上に本件家屋の建築を開始し、昭和三六年七月末までに完成して同年八月一〇日付をもつて横浜市神奈川区三ツ沢西町二三番の二を所在地として本件家屋の保存登記手続をした。

(六)  ところで、間宮為蔵は控訴人が約定の期限に前記金五〇万円の返済をせず、その後再三の請求にも応じないので、控訴人のため別紙目録一の(一)、(二)の土地につき分筆をすること及び所有権移転登記手続をとることを留保していたが昭和四一年四月六日付書面をもつて、控訴人の父三太郎を介し、控訴人に対し前認定の担保契約に基づき、別紙目録一の(一)、(二)の土地を自己の所有に帰せしめ、他に転売する旨通告し、右書面は同月九日頃控訴人に到達した。間宮はその直後頃高橋進との間で同人に右土地を売り渡す旨の契約を締結した。

(七)  高橋進は昭和四一年四月一五日被控訴人との間で同人に対し別紙目録一の(一)、(二)の土地と本件家屋とを一括して代金合計金三五〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、被控訴人は右代金内金二五〇万円を支払い、右土地の所有権の移転を受けた。本件土地の登記については昭和四一年四月二二日付をもつて横浜市神奈川区三ツ沢西町二三番の二から分筆されて同番の七となつた旨の分筆登記と同時に、間宮為蔵から被控訴人が昭和四一年四月一五日売買により所有権の移転を受けた旨の所有権移転登記(中間省略登記)が経由されている。

三ところで控訴人と間宮為蔵間に昭和四一年三月一〇日成立した右認定の契約は、右認定のその他の事実関係とくに間宮が被担保債権の弁済期経過後も右土地を当然自己の所有に帰したような態度を示さず、なほ、前項(六)に認定したとおり書面により右土地を転売する旨通告したことに鑑みると、弁済期に債務の支払がないことを予約完結権行使の条件とした代物弁済予約と解するのが相当である。また、右契約及び同時に締結された金五〇万円の消費貸借契約について直接交渉に当つたのは控訴人の母美代子であるが右認定の事実と弁論の全趣旨を総合すれば控訴人の父三太郎も交渉の経過につき逐一報告を受け両名共同して右契約締結の意思決定をしたか、または、三太郎がこの件につき美代子に全権を委任したか何れかを推認するのが相当であるから、右各契約の締結につき控訴人は適法に代理されていたと認めるべく、本件土地の所有権は前示代物弁済予約完結の意思表示を含むと認められる昭和四一年四年六日付書面が控訴人に到達したことにより控訴人から間宮為蔵に移転し、その後さらに前認定のとおり同人から高橋進へ、高橋から被控訴人への各売渡によつて順次移転して被控訴人に帰したというべきである。

また、本件土地の地番については前記認定のとおり、調査の結果横浜市神奈川区三ツ沢西町二三番の二の一部であることが判明し、右土地から分筆登記手続により同番の七の地番が与えられたのであるから、被控訴人主張のとおりの地番であり、よつて、被控訴人は本件土地につき登記を有する所有者というべきである。〈証拠判断省略〉

四そこで控訴人の抗弁(3)及び本件請求の当否等について判断する(被控訴人は右抗弁に対し異議を述べているが、権利乱用の抗弁というものは、その内容をなす具体的事実が当事者の主張立証のうちに含まれ、すでに訴訟資料として提出されている時は、特に抗弁としての十分な法的構成を待つまでもなく裁判所は権利乱用に該当するか否かの判断をなしうるものである上に、本件においては右抗弁が特に時機に後れて提出されたと解し又は訴訟を遅延せしめると認めるべき資料もないから右異議は理由なしとして却下する。)。

先に認定した代物弁済予約契約締結当時控訴人は本件土地を含む前記五〇坪上に本件家屋を建築して住居として使用中であつたこと(この事実は本件家屋の保存登記が昭和三六年八月一〇日付でなされていること及び弁論の全趣旨により推認しうる。)、控訴人が代金一二五万円で買い求め、既にうち七五万円を支払つた土地を三ケ月余り後に代金の半分にも足りない金五〇万円の債務のために代物弁済の予約を締結したこと、被担保債権である貸金五〇万円の返済期を過ぎたまま控訴人が引き続き本件土地の上に建設した本件家屋に居住を継続したにも拘らず、そのこと自体につき間宮は控訴人に対し何の苦情も申し入れず、直ちに本件土地を転売する等の強硬手段に出ることなく、ただ、前記金五〇万円の返済の催足をするだけであつたこと及び間宮為蔵が控訴人に金五〇万円を貸与したのは、本件土地及びその北隣の土地の分譲を行つた原所有者としての責任上、早くこれら土地につき正しい地番を確定して各買主のため所有権移転登記を完了する必要があつたためであつて、これを機会に控訴人から土地を取り上げたり、暴利を貪つたりする目的があつたわけではないこと(以上の事実中前記認定の事実以外の事実は弁論の全趣旨によりこれらを認めることができ、この認定を左右する証拠はない。)を総合して考察すると、間宮為蔵と前認定の代物弁済予約締結の衝に当つた野中美代子との間においては、控訴人が本件土地及び別紙目録一の(二)の土地につき間宮の予約完結権の行使により所有権を失う場合は控訴人は本件家屋を収去して土地を明渡すのではなく右土地に対し、控訴人のため引続き建物所有を可能ならしめる使用権を設定することを暗黙のうちに予定していたと解するのが相当である(このことは土地及びその地上の建物が同一の所有者に属する場合において土地のみについて抵当権が設定されたときのいわゆる法定地上権設定と相通ずるものであり、控訴人の父母は当時五〇万円の返済ができない時は本件土地の使用権も失うというような危険な契約をする筈がない。)。そうすると、間宮為蔵が前記代物弁済の予約完結権の行使によつて右土地の所有権を取得してもそれは右のような一種の負担付きであつたということができる。(本件家屋については前記のとおり昭和三六年八月一〇日付で保存登記が経由されているのであるから控訴人が本件土地に借地権を有するときはその後本件土地所有権を取得した被控訴人に対し右借地権を対抗しうる道理であることが考え合わせられる。ところで、〈証拠〉によれば、被控訴人は本件家屋が控訴人の所有であることを高橋から知らされ、しかも、本件土地上に本件家屋が存在し、控訴人及びその父母が居住しているに拘らず、現場まで調査に行きながら、控訴人又はその父母に面接して本件土地家屋の権利関係及びその基礎となる過去の事実関係、立退の意思の有無等につき尋ねることもしないまま、漫然控訴人を立退かせて自らこれを使用する目的で高橋進から本件土地等及び本件家屋を買い受ける契約を締結したことを認定することができ、この認定を左右する証拠はない。

以上の事実関係とくに被控訴人は控訴人が平穏に居住している事実を現認し、かつ、本件家屋は控訴人の所有であると知りながら、敢えてその居住者に立退きを求めて自ら使用する目的でこれを買い受ける契約を締結し(従つて本件家屋の所有権はそのままでは被控訴人に移転する筈がない。)、しかも右買受価格は時価より相当低額である事実(このことは本件土地を含む前記五〇坪の土地を昭和三五年一二月に買い受けた価格が金一二五万円であつたことと、被控訴人が右土地と本件家屋とを合せて昭和四一年四月金三五〇万円で買い受ける契約を締結している事実とを対比し、その間における大都市近郊の地価の値上りの状況を総合して考察すれば自ら明らかである。)及び控訴人が本件土地を嘗て所有し、現に引続き使用し前所有者に対しては当然使用権を主張しうるという事実関係においてその生活の本拠としての住居を営みつつあることに鑑みれば、投機や投資等を目的とする権利関係の場合と異り、取引社会を支配する自由競争の原理は後退し、各自が生活の平穏を尊重する協力・互譲の精神が法律上も重要な意味を持つてくるというべきであり、控訴人に対し本件家屋を収去して本件土地を明け渡すべきことを求める被控訴人の所有権に基づく本訴請求は著しく信義誠実の原則に反し、権利の乱用に該当するから棄却すべきであり、これを認容した原判決は取消を免れない。《以下、省略》

(吉岡進 園部秀信 兼子徹夫)

(別紙)目録一―四および図面《省略》

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